「老後資金として約2000万円が必要である」
2019年に金融庁の報告書がきっかけとなり、日本の老後の資産形成に関する議論を巻き起こしました。
しかし、この老後2000万円問題に対しては、国民の不安を煽るものだという批判も多くありました。国会でもこの問題が取り上げられ、当時の金融担当大臣は報告書の表現が不適切であるとして、その受け取りを拒否する事態となりました 。
政府がこの報告書を正式なものとして認めなかった背景には、長年政府が国民に示してきた年金制度への信頼、いわゆる「100年安心」というメッセージとの矛盾があったためと考えられます 。
ただ、「老後2000万円問題」は日本社会における老後資金の重要性を改めて認識させる契機となりましたし、銀行にお金を預けておくだけ、タンスに預金を隠しておくだけの現状が、いかに不利益を被っているかを考えさせるキッカケとなったのも事実です。
本記事では、老後資金2000万円問題の概要と、今後資産をどのように活用すべきか、また活用するべき理由について解説します。
老後資金2000万円の根拠と内訳
「老後2000万円問題」の発端となったのは、2019年6月に金融庁の金融審議会市場ワーキング・グループが公表した報告書「高齢社会における資産形成・管理」です 。
この報告書は、高齢化が進む日本社会において、現役世代だけでなく高齢者自身も積極的に資産形成を行う必要性を訴えるものでした 。
金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」
老後資金2000万円の根拠
報告書では、平均的な高齢夫婦(夫65歳以上、妻60歳以上)が年金収入のみで生活した場合、毎月約5.5万円の赤字が発生すると試算されました 。この赤字が20年間続くと約1300万円、30年間続くと約2000万円の取り崩しが必要になるという計算です 。
ただ、あくまで特定のモデルケースに基づいた試算であり、すべての人に当てはまるわけではありません 。また、この計算は投資による収益や、突発的な支出(医療費、介護費用など)も考慮しておらず、実際には貯蓄を運用することで、必要な老後資金の総額を減らすことができる可能性も示唆されています 。
下記の表は年金のみで暮らす高齢夫婦世帯の家計データですが、この表からわかるように家計調査のデータを用いると、年によって収支状況が大きく異なることがわかります。
表:高齢夫婦無職世帯の家計収支(月額平均)
項目 | 金融庁報告書モデルケース (2017年データ ) | 総務省家計調査 (2020年データ ) | 総務省家計調査 (2023年データ ) |
---|---|---|---|
実収入 | 209,198円 | 237,537円 | 245,252円 |
実支出 | 263,718円 | 236,434円 | 284,211円 |
差引(不足額) | ▲54,520円 | +1,103円 | ▲38,959円 |
2020年には一時的に黒字となる月もありました 。しかし、2023年のデータでは、再び月々の不足額が発生していることが示されています 。
専門家の間でも、必要な老後資金の額については様々な意見があり、インフレ率や生活水準、健康状態などを考慮すると、2000万円では足りないという意見もあれば、個人のライフスタイルによってはそれよりも少ない金額で済むという意見もあります 。
国が想定する高齢夫婦の支出とは
老後資金の必要額は、個人の住居状況(持ち家か賃貸か)、健康状態、趣味や旅行などのライフスタイル、家族構成などによって大きく異なります。
まず、試算の元にもなっている、総務省統計局の調査「家計調査年報(家計収支編)2023年(令和5年)」によれば、65歳以上の夫婦のみの無職世帯(夫婦高齢者無職世帯)のデータは下記のようになっています。
表:収入の部
収入項目 | 月平均額(円) | 構成比 (%) |
実収入 | 244,580 | 100.0 |
社会保障給付 | 218,441 | 89.3 |
その他 | 31,538 | 10.7 |
可処分所得 | 213,042 | 87.1 |
表:支出の部
費目 | 月額平均 | 構成比 |
---|---|---|
食料 | 72,930 | 29.1 |
住居 | 26,827 | 10.7 |
光熱・水道 | 24,230 | 9.7 |
家具・家事用品 | 10,477 | 4.2 |
被服及び履物 | 5,159 | 2.1 |
保健医療 | 16,879 | 6.7 |
交通・通信 | 16,827 | 6.7 |
教養娯楽 | 22,422 | 8.9 |
その他の 消費支出 | 50,839 | 20.3 |
うち交際費 | 24,690 | 9.8 |
消費支出合計 | 250,959 | 100.0 |
この表は、2023年における65歳以上の夫婦のみの無職世帯の消費支出の内訳を、月平均額(円)と構成比(%)で示しています。
食料費が月平均72,930円で最も大きな割合(29.1%)を占めており、次いで住居費、光熱・水道費、その他の消費支出などが続いています。
金融庁の報告書では、高齢夫婦を含む高齢無職世帯の平均的な毎月の赤字額が約5万円であることが示されていましたが、2023年時点の資料を考慮すると、収入244,580円と支出250,959円の差額である不足分は-37,916円であると確認できます。
また、持ち家であれば住居費を抑えられますが、賃貸であれば毎月の家賃が発生します。また、健康状態が悪ければ医療費や介護費用がかさむ可能性があります。
2000万円という金額はあくまで目安として捉え、自身の状況に合わせて必要な金額を具体的に試算することが重要です 。
ゆとりある老後の生活費とは?
老後資金2000万円は、基本的な生活を維持するための「最低限の生活費」とも言われますが、より豊かな生活を実現するために約3,192万円が必要といった、「ゆとりある生活費」という考え方もあります。
生命保険文化センターの令和4年度「生活保障に関する調査」によると、ゆとりある老後を送るために必要と考える生活費は夫婦2人で月額約37.9万円です。これは最低限の生活費(月額約23.2万円)に比べて約15万円多い金額となります。
- 13.3万円×12ヶ月×20年=3,192万円
生命保険文化センターの調査による上乗せ費用の使途として、「旅行やレジャー」が60.0%で半数以上を占めています。次いで「日常生活費の充実」が48.6%、「趣味や教養」が48.3%と続きます。また、「身内との付き合い」も多くの人が挙げています。ゆとりある老後とは、単に生活費が足りているという状態ではなく、自分の趣味や人間関係を楽しみ、充実した時間を過ごすための余裕がある状態が望ましいことを意味しています。
老後資金シミュレーター
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シミュレーション結果の解説
退職時の貯蓄総額: 現在の貯蓄と毎月の積立が選択した投資スタイルで運用された場合の退職時点での総額です。
老後の総支出見込み: 退職後から想定寿命までの期間における生活費の総額です。現在の年収の約70%を老後の年間支出と仮定しています。
年金総受給額見込み: 年金受給開始年齢から想定寿命までの期間に受け取る年金の総額です。
不足額: 老後の総支出から、退職時の貯蓄総額と年金総受給額を差し引いた金額です。マイナスの場合は資金不足を意味します。
改善のためのアドバイス
※このシミュレーションは一般的な前提に基づいた概算です。実際の状況は物価上昇率、投資リターン、税制改正などにより変動します。
※より正確な老後資金計画のためには、ファイナンシャルプランナーなどの専門家に相談することをおすすめします。
老後資金を確保する方法7つ
老後資金を確保するための7つの方法について解説します。これらの方法を組み合わせ、自身の状況やリスク許容度に合わせて最適な資産形成プランを立てることが重要です。また、定期的に計画を見直し、必要に応じて調整を行うことで、より確実に老後資金を確保することができるでしょう。
預貯金による積立
預貯金は、老後資金を準備する最も基本的な方法の一つです。定期預金などを活用して、毎月一定額を積み立てることで、安全に資金を蓄えることができます。しかし、日本の長期的な低金利環境を考慮すると、預貯金だけでは十分な資産形成が難しい可能性があります。
預貯金の利点は、元本が保証されており、リスクが低いことです。特に、投資に不安を感じる方や、安全性を重視する方にとっては適した方法といえるでしょう。ただし、インフレーションによる資産価値の目減りには注意が必要です。
預貯金を効果的に活用するためには、家計の見直しを行い、無駄な支出を削減することが重要です。固定費や変動費を精査し、節約できる部分を見つけ出すことで、より多くの資金を積み立てることができます。また、複数の金融機関の金利を比較し、少しでも有利な条件を選ぶことも大切です。
NISA(少額投資非課税制度)の活用
NISAは、少額から始められる投資非課税制度です。特に、長期・積立・分散投資を支援するつみたてNISAは、老後資金の準備に適しています。
つみたてNISAでは、年間40万円までの投資について、運用益が非課税となります。対象商品は、手数料が低く、長期投資に適した投資信託に限定されているため、投資初心者でも利用しやすい制度です。
NISAの大きな利点は、運用益に対する税金が非課税になることです。これにより、通常の投資と比べて、より効率的に資産を増やすことができます。また、少額から始められるため、若いうちから老後資金の準備を始めることができます。
ただし、NISAを利用する際は、投資対象や運用方針をよく理解し、自身のリスク許容度に合わせて商品を選択することが重要です。また、定期的に運用状況を確認し、必要に応じてポートフォリオの見直しを行うことも大切です。
iDeCo(個人型確定拠出年金)の利用
iDeCoは、老後の資産形成を目的とした私的年金制度です。税制優遇が受けられる点が大きな特徴で、効率的に老後資金を準備することができます。
iDeCoの主な利点は、以下の3つの税制優遇効果です:
- 掛金が全額所得控除の対象となり、所得税や住民税の負担が軽減されます。
- 運用益が非課税となるため、通常の投資と比べて効率的に資産を増やすことができます。
- 受取時に一時金で受け取れば退職所得控除が、年金で受け取れば公的年金等控除が適用され、一定金額まで税金がかかりません。
iDeCoは、月額5,000円から始められるため、少額からでも老後資金の準備を始めることができます。また、自身で運用商品を選択できるため、リスク許容度に応じた資産形成が可能です。
ただし、原則として60歳まで引き出しができないことや、運用結果によっては元本割れのリスクがあることに注意が必要です。また、加入者の職業や年齢によって、拠出できる金額に上限があります。
個人年金保険への加入
個人年金保険は、老後の生活資金を準備するための保険商品です。契約時点で将来受け取れる金額が確定する商品もあり、安定性を重視する方に適しています。
個人年金保険の利点は、以下の通りです:
- 定期的な収入が得られるため、老後の生活設計が立てやすくなります。
- 最大で年間4万円程度の個人年金保険料控除を受けられる場合があります。
- 死亡保障が付いている商品もあり、遺族の生活保障にもなります。
ただし、個人年金保険にも注意点があります。中途解約時に元本割れのリスクがあることや、物価上昇や増税があっても受取額が変わらない可能性があることなどです。また、運用利回りが低い場合もあるため、他の資産形成方法と比較検討することが重要です。
不動産投資
不動産投資は、長期的な視点で老後資金を確保する方法の一つです。賃貸収入を得ることで、定期的な収入源を確保できる点が特徴です。
不動産投資の利点には以下のようなものがあります:
- インフレーションに強い資産として機能します。
- 賃貸収入という安定的な収入源を得られます。
- 不動産価値の上昇による資産増加の可能性があります。
- 相続対策としても活用できます。
ただし、不動産投資にはリスクや注意点もあります。物件の管理や修繕にかかる費用、空室リスク、不動産価値の下落リスクなどを考慮する必要があります。また、初期投資額が大きいため、資金力や借入能力が必要となります。
不動産投資を行う際は、立地や物件の特性、将来的な人口動態などを十分に調査し、慎重に判断することが重要です。また、専門家のアドバイスを受けることも検討すべきでしょう。
株式・投資信託への投資
株式や投資信託への投資は、高いリターンを期待できる一方で、リスクも高い資産運用方法です。長期的な視点で取り組むことで、インフレーションに負けない資産形成が可能となります。
株式投資の利点は、以下の通りです:
1. 高いリターンが期待できます。
2. 配当収入を得られる可能性があります。
3. 分散投資により、リスクを軽減できます。
投資信託は、専門家が運用を行うため、個人で株式投資をするよりもリスクを抑えられる可能性があります。また、少額から始められるため、老後資金の準備に適しています。
ただし、株式や投資信託は価格変動リスクがあり、元本割れの可能性があることに注意が必要です。投資を行う際は、自身のリスク許容度を把握し、分散投資を心がけることが重要です。また、長期的な視点で投資を行い、短期的な価格変動に一喜一憂しないことが大切です。
副業・複業による収入増加
副業や複業によって収入を増やし、その分を老後資金として貯蓄することも効果的な方法です。近年、副業を認める企業が増えており、様々な形態の副業が可能になっています。
副業・複業のメリットには以下のようなものがあります:
1. 収入の増加により、貯蓄や投資に回せる資金が増えます。
2. 新しいスキルや経験を得ることで、将来の就業機会が広がる可能性があります。
3. 本業が不安定になった際のリスクヘッジになります。
ただし、副業を始める際は、本業への影響や健康管理、税金や社会保険の取り扱いなどに注意が必要です。また、副業で得た収入を確実に老後資金として積み立てる習慣をつけることが重要です。
副業の選択肢は多岐にわたります。フリーランスとしての仕事、オンラインでの物販、投資による不労所得の獲得など、自身のスキルや興味に合わせて選択することができます。ただし、副業に時間を取られすぎて本業に支障が出ないよう、バランスを取ることが大切です。